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ケイタ君、島の学校で卒業、そして東京へ。

留学生ケイタ君が、島の小学校を卒業しました!
隣に写るテンシン君は、3年前の「えん」の留学生。留学延長し、その後
ご家族で上五島に移住してくれ、今ではすっかり島っ子です!

卒業式にはケイタ君の親御さんにも来ていただきましたが、
私たちも2人の親の気分で参加してきました。
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全校児童14人。
卒業生はケイタ君とテンシン君の2人。

式場に2人が入場したとたん、えんのみんなのおばあちゃん、ママリンが
涙しはじめ、すばる君を含む在校生12人のおめでとうの歌が始まった途端、
私も涙がどばーー!
ケイタ君も、テンシン君も引き締まった表情、決意に満ちた
堂々とした声に、主人も目頭を押さえ・・。

つくづく思いました。
留学を通して、伸び盛りの子ども達とこうやって日常を過ごすことが
どんなに幸せでありがたいことか!!
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式の後、6年教室に向かうと、在校生からの手作りのメッセージが。
すばる君に教えてもらいましたが、在校生みんなで時間をかけて
コツコツ作り上げたそうです。
素敵✨
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最後のホームルームが終わると、外でみんながお見送りの準備をしてくれていました。
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校舎から、海を臨む小学校。
美しい海と山に抱かれた環境で学べたことは、
きっと彼らの財産だと思います。
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卒業式が終わり、別れの時間が近づくと、強がっていたすばる君も
時折寂しそうな表情を浮かべはじめました・・。
それでもすばる君には、この笑顔がよく似合う!
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式の日に島を離れ、東京に戻ることになったケイタ君。
港には、たくさんの友達や先生が駆けつけてくれていました。
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船から見送りのみんなが見えた瞬間、涙があふれるケイタ君。
「ありがとう。ありがとう!!」そう何度も叫びながら島を離れていきました。
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涙で顔がぐしゃぐしゃになるくらい泣いた、すばる君。
「だって一年いっしょに過ごして、家族と同じだったんだもん。
また会えるかな・・」

「いってきまーーーす!!」そう叫びながら島を離れたケイタ君。
「おかえり!」そう言って迎えてあげられる日は、そう遠くないのかもしれません。
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親元を離れて1年間、よく頑張った!自信をもって、進め!ケイタ君✨
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Secre

プロフィール

くらしの学校「えん」 太志の母

Author:くらしの学校「えん」 太志の母
※令和3年度 小学生、山村留学生募集中!! 詳しくは、くらしの学校「えん」のホームページ「カテゴリー」欄の山村留学募集のページをご覧ください。
⇒定員いっぱいになりました!令和4年度の募集は、新年度が始まって準備が整い次第開始いたします。

🌺生まれも育ちも五島列島(旧有川町)です。
🌺上五島高校時代は陸上部長距離のキャプテンをしていました。
高校卒業後、奈良でバスガイドを3年ほど勤めている時に腎臓病を患い、
故郷に帰ってきました。
🌺帰郷後は食や農的な暮らしに興味を持つようになり、
今の主人(ゴリリン)と24歳の時に結婚。25歳で人工透析導入、
26歳で長男・太志(たいし)を出産。
🌺2015年、この島の医療関係者をはじめ、多くの方々の
ご理解とご協力のお陰で、在宅血液透析を導入し、自給的な暮らしを
営んでいます。
🌺まだまだ知られていない在宅血液透析のことを知っていただきたいし、
同じ悩みを持つ人達に情報発信したいと、この度ブログを始めました。
そして私たちの自給的な暮らしぶりも伝えられたら…と思っています。
🌺ちなみに主人は7歳年上の横浜市出身、平成10年に上五島に移住して
お塩を作っています。無人の廃村のあばら家をタダ同然で借り、道を作り、
水を引き、開墾し…。2001年から子ども対象の「しまキャンプ」を
当地で主催して、17年現在まで45回、約800人の子ども達が島外から
この「大浦」に来てくれています。
海水からの塩づくりを中心に、しま留学生と暮らし、
石窯ピザ、ハーブ園、猪肉の燻製品、
その他加工品などなどをしています。

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